第三の眼  ロブサン・ランパ著 

 40年以上前にイギリスで出版された本で、世界的なベストセラーになった。日本でも、昭和32年に光文社から出されて10万部売れたというから驚異的なヒット作である。わたしが持っている『第三の眼』も昭和32年版であるが、初版が8月15日に出て、9月3日にはすでに5版にもなっているかなりの売れ行きであったのだ。

 売れるにはそれなりの理由があって、とにかく内容がおもしろい。チベットという秘境の習俗、それも特殊な階層の人たちの生活が克明に描かれている。

 ロブサン・ランパなる著者の少年時代から話ははじまり、チベットの高僧についてラマ僧としての修行をしていく過程でさまざまな興味深い経験をしていく。ロブサン・ランパはある種の「選ばれた者」である。それ故の修行なのだが、オーラを見るための眼(額の中ほどにあるという「第三の眼」)をなんと!外科手術で、物理的に頭蓋骨に穴を開けてしまうという暴挙(?)に近いことをされる。

 チベット僧の超能力やテレパシー能力、完全な意識化で行われる幽体離脱旅行の話など、興味津々でオカルト好きな人や、精神世界の本を好んで読む人にとっては教科書的な話満載である。

 圧巻だったのは、ミイラ作りの方法と、作者ロブサン・ランパが師に連れられ、地下の薄暗い部屋でバター・ランプの灯りのもと、己が前世の肉体であったミイラと対面するという場面である。

 詳しい話は、推理小説のネタバレのようになるので書かないが、あとは読んでのお楽しみ、というところでやめておこう。

この本には、実は大変おもしろい後日譚があって、今では常識になってしまったらしいが、当時はかなりセンセーショナルな話題だったらしい。わたしとしては、こちらの後日譚のほうが本編よりももっと興味深い。

 種村季弘氏の『アナクロニズム』というエッセイ集にことの経過は詳しく出ているが、『第三の眼』は偽書であったそうだ。作者のロブサン・ランパは実は、生粋のイギリス人でチベット語などまったく話せない、シリル・ヘンリー・ホプキンスという名の47歳の男だったのである。第二次大戦後、ようやく戦争の混乱から立ち直り秘境チベットの神秘のベールが少しずつはがされてきた時代。ハインリヒ・ハラーの探検記なども出て、ある程度チベットの実態がわかりかけてきた時期である。

 ミュンヘン大学の教授が、当時ベストセラーだったこの『第三の眼』の内容がチベット仏教の教理と食い違う部分を指摘、前駐英ギリシア大使の弟でマルコ・パリスという作家が前ラサ英国使節団長や前述のハインリヒ・ハラーなどと共に『第三の眼』のインチキを暴きたてた。

 これに対抗してか、ロンドンで再版された『第三の眼』には、ロブサン・ランパの肖像写真が入れられたが、コレがまたまたインチキで、東洋人らしからぬ風貌のひげもじゃな人物写真だった。一応ラマ僧らしく頭をまるめ僧衣をまとってはいるのだが、顔は西洋風で、おまけに頭の後ろにはご丁寧に後光のような光までが入っているという念の入れようである。

 ハインリヒ・ハラーの著書のなかに「チベット僧がひげを生やしていることは滅多にない」とあるらしい。なるほど、ダライ・ラマにしてもチベットのラマ僧がひげを生やしている写真は見たことがない。インドのヨギなら話は別だが・・・。

 なぜ、作者のシリル・ヘンリー・ホプキンスはそんな荒唐無稽なことをしでかしてしまったのだろう?というより、どうしてそんな経験してもいないことをさも事実のように書けてしまったのだろうか。作者の経歴や著作の内容に偽りがあったことは確かなのだが、イギリスから一歩もでたこともない、たいした教養も持たない、一介のブリキ職人の息子が、どうして当時秘境といわれ、世界的にもあまり知られていなかったチベットの習俗やラマ僧の生活を知りえたのかは謎である。

 ホプキンスは1947年、戦後まもなく「神の啓示を受けた」のだそうだ。「突然、東洋的生活をせねばならないと、脅迫観念のようなものを感じて」チベット人に生まれ変わってしまった彼をどう、理解すればいいのだろうか?単純にペテン師呼ばわりしてしまって、ことは丸く収まるのだろうか?

 インドのヨギや行者には、瞑想でどこにでもいける、なんでも見えるという人はいるというし、わたしの知っているある人も、「世界中のどこへでも物理的に移動しなくても行って見ることができる」と言う。幽体離脱や透視能力があればイギリスにいながら、チベットの僧院生活をのぞき見ることは可能だ。

 多重人格者ビリー・ミリガンのようにひとつの肉体に複数の別個の魂(?)が入り込むと、別人になってしまうこともありうるわけだし、この『第三の眼』の作者ホプキンスを、単純にペテン師呼ばわりすることには、疑問が残る。

 さすがにホプキンスはイギリスに居住し続けることはできなかったらしく、カナダに移住したらしいが、その後もなんとオカルト作品を20冊も発表したということである。どんなものを書いたのかわからないが、邦訳ものがあればぜひ一読してみたいものだ。

 そんなこんなで、今では『第三の眼』は偽書であるという常識になってしまったが、それはさておいても、内容のおもしろさは変わらない。光文社から講談社に訳者がかわって復刊されたが、現在では絶版になっている。復刊が望まれる本の一冊である。

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このぺーじのエスニックな素材は  さんからお借りしました。

話題はチベットであってインドじゃあないんですが・・・。まあ、お許しを。

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